はじめに
こんにちは。はじめまして。
開発部第四開発グループの橋本です。
シンクロ・フード開発部では、今期よりClaude Codeを全面採用し、開発における運用を始めています。
確かにAI導入により、開発工程における効率は上がりました。それにより一定の成果を出すことはできています。
が、世間一般の中小規模の開発組織のご多分に漏れず、レビュー・テスト工程を着実にこなすことができるミドル層・シニア層が不足してボトルネック化し、AIによる爆発的な速度改善を十分に活かしきれているとは言えません。
こちらについては、多くの開発組織のマネージャー陣が実感されていることだと思いますので、今更触れません。
弊社では、今はボトルネックを通る部分をいかに少なくするか、つまりはレビュー・テスト工程においてAIをどこまで取り込むかという議論を進めていますが、一方で長期的には狭いボトルネックをいかに広げるか、という課題にも取り組んでいかねばなりません。
そうです。
つまるところジュニアエンジニア育成です。
もちろんミドル層・シニア層の採用による獲得、というのも選択肢の一つです。
しかし、この層の不足は弊社としての課題でもありますが、IT業界全体における課題でもあります。
以前から言われてきたことではありますが、AIの進化によってより深刻化していくでしょう。
採用難易度もますます上がっていくでしょう。
この記事では、そんなAI時代にジュニア育成に取り組む中で見えてきた課題の一つについて触れています。
それは 「ジュニアエンジニアからの質問が減った」 ことです。
AIを導入すると、ジュニアエンジニアは質問しなくなる
AIを導入すると、新人が先輩に聞かなくても進められる場面が増えます。
コードの読み解き、エラー調査、実装案の検討、テストコードの作成。
以前なら先輩やマネージャーに聞いていたことも、まずAIに聞けばとりあえず進めることができます。
質問が減る→タスクが止まりにくくなる→PRが早く出てくる→一人で完了できる仕事が増える。
外から見ると、かなり「自走できるようになった」ように見えます。
しかし、これは本当でしょうか?
そもそも、これまで何をもって「自走」と見ていたのか
これまでジュニアエンジニアの成長を見るとき、
- 「自分で調べられる」
- 「細かく聞かなくても進められる」
- 「一人でタスクを完了できる」
といった状態を、ある程度「自走できている」と見ていました。
しかし、開発においてAIを使うようになった今、彼らはAIが書いた設計、AIが書いた実装、AIが書いたテストについて、なぜそうしたのか、なぜそうしなければならなかったのかを理解できているでしょうか?
最近公開されているジョブサポートによる新人・若手エンジニアの生成AI利用調査では、
「出力されたコードの仕組みや根拠を本人が理解していない」(61.4%)
という結果が出ています。
海外でも、BairesDevという企業が行った77か国・1,569人の開発者を対象とした調査で、ジュニアエンジニアの85%が「AIによってソフトウェア開発への理解が深まった」と回答した一方、同じジュニアと働くシニアエンジニアで「ジュニアがAI生成コードを完全に理解している」と回答したのは16%にとどまりました。
また、ACM Conference on International Computing Education Research (ICER)に投稿された初心者プログラマー21名を観察した研究では、21名中20名がAIを使って課題を完了できました。一方で、参加者の一部には、自身の問題解決能力を実際より高く見積もる「illusion of competence(能力の錯覚)」も観察されています。
つまりAIによって「できた」という結果と「わかった」「できるようになった」という成長が、以前より乖離しやすくなっています。
実際に、もともと考えていた「自走しているときに現れるサイン」を満たしていても、何故こういう実装にしたの?と聞くと「AIがそう言ってたから」と答えてしまうジュニアエンジニアが一定数います。
AIが間に入って最終的にタスクが完了してしまえば、
- 本人が理解して進めているのか。
- AIに逐次聞きながら進めているのか。
- 正しい問いを立てているのか。
- AIが出した答えを検証できているのか。
は外からは判断できません。
つまりAIによって「自走しているときに現れるサイン」だけを再現することは簡単になってしまったということです。
AI時代に必要になる『評価する力』
2026年にScienceに掲載された研究では、生成AIを最も頻繁に利用していたのはジュニアエンジニアだった一方、測定可能な生産性向上が確認されたのはシニアエンジニアでした。
この結果だけでジュニア育成について断定はできませんが、AIを使うこと自体と、AIを使って適切に判断する能力は別物だと考える材料にはなります。
さらに、AIコーディング支援を利用するプロフェッショナルなソフトウェアエンジニアを追った研究では、仕事の重心がコードの「生成」から、AIの出力を指示・評価・修正する方向へ移っているとして、それを “supervisory engineering work” と整理しています。
こうした変化を考えると、これから重要になるのは「作れること」以上に、「出てきたものを評価できること」なのかもしれません。
そしてジュニア育成では、その「評価するための物差し」をどう身につけるかが問題になります。
AIが埋めているのは「知識不足」だけではない
確かにAIは便利です。
ジュニアエンジニアが自分ではうまく整理できていない問題でも、ある程度補完しながら前へ進めてくれます。
これは単に振られたタスクをこなすという意味では大きなメリットだと言えると思います。
一方で、育成という視点では明確にデメリットとなる点が多々あります。
ジュニアエンジニアは必ずしも「正しい問い」を立てられるとは限りません。
本当は仕様を確認するべき場面で、
「このエラーをどう直せばいいですか」
と聞くかもしれない。
設計自体を疑うべき場面で、
「この実装を通すにはどうすればいいですか」
と聞くかもしれない。
人間の先輩やマネージャーなら、
「聞きたいことはそれであってる?」「そもそもその前提合ってる?」
と問い返すことができます。
AIも問いを修正してくれることはありますが、常にそうなるとは限りません。
多少ずれた問いでも、それらしい答えを返してしまいます。
実際、初心者がChatGPTと人間のチューターを使った場合の違いを比較した研究では、ChatGPTを使った学生は短いプロンプトを投げ、そこから問いをあまり洗練しない傾向が見られました。一方で、初歩的な質問については、人間に聞くよりも対人的な不安が少ないという理由でChatGPTを好む傾向も報告されています。
AIは「答え」を補完するだけではありません。
場合によっては、「問いを考える力」まで補完し、その不足を本人にも他人にも見えにくくしてしまいます。
AIが補完することで失われるもの
タスクを完了できることと、本人が問題を理解できていることは違う、ということは見えてきました。
これは育成の判断基準が、ひとつ失われたことになります。
AI導入以前は、理解できないところで仕事が詰まりやすいものでした。
詰まれば先輩やマネージャーに質問をすることになります。
質問をすれば、先輩やマネージャーに答えを教えてもらえるかもしれませんし、問いや理解のズレを修正されるかもしれません。
AIは、この「詰まり」を削ってしまいます。
「詰まること」は、一見すると非効率ですが、それは“能力の境界が露出する瞬間”で、その瞬間を捉えて育成タイミングとしていたわけです。
つまり、質問が来なくなるということは、その育成タイミングの喪失も意味します。
さらに、ジュニアエンジニアの「問い」が見えなくなる
もう一つ失われるのが、ジュニアエンジニアが何を疑問に感じていたかという情報です。
ジュニアエンジニアの質問には、
- どこまで理解できているか
- 何を問題だと思っているか
- どこで前提を間違えているか
- 何を疑問にすら思っていないか
が表れます。
育成側としては、質問に答えること自体より「なぜその質問をしたのか」を知る・考えることのほうが、重要になることもあります。
しかし質問の一次受けをAIが担うと、そのやり取りはジュニアエンジニアとAIの間に閉じてしまって見えません。
先輩やマネージャーから見えるのは、完成したコードとPRだけになります。
つまり単なる質問数ではなく、ジュニアエンジニアの思考過程そのものが見えなくなっているのです。
質問しないことを「成長」と誤認しないためにするべきこと
ここまで見てきたように、AIによって失われるのは、成果物から本人の能力を推測するための材料、詰まりをきっかけにした育成のタイミング、そして本人が何を考えているのかを把握するための情報そのものです。
とはいえ、今更AIを禁止して以前と同じ状態に戻すことは現実的ではありません。
今や小学生でもChatGPTを使っています。(若年層には使わせないようにしようとする国も現れているようですが……)
これまで自然に得られていた育成上の情報や機会を、別の場所で取り戻す必要があります。
現時点では次の3つの方向で育成方法を変えていく必要があると考えています。
- 「成果」ではなく、「判断」を見る
- AIとの間に閉じた「問い」を可視化する
- 意図的に「考える機会」を作る
「成果」ではなく、「判断」を見る
AI時代には、成果物そのものよりも、そこに至る判断を見る必要があります。
- なぜこの実装を選んだのか
- 他にどんな選択肢があったのか
- AIの回答をどう検証したのか
- どこにリスクがあると考えたのか
といったことを、本人の言葉で説明できるようになってもらいます。
大事なのは、正しい答えを知っているかというよりも、自分で判断する基準を持っているかです。
シニアエンジニアは、すでにAIの出力を評価するための「物差し」を持っています。
AIにコードを書かせても、その出力を疑い、必要であれば修正できます。
一方で、ジュニアエンジニアはその物差し自体をこれから作っていかなければなりません。
「一人で仕事を終えられるか」ではなく、AIを使いながらも最後の判断を自分でできるかを見る、ということです。
AIとの間に閉じた「問い」を可視化する
次に見る必要があるのが、ジュニアエンジニアがどのような問いを立てているかです。
AIとの会話ログをすべて追うのは現実的ではありませんが、レビューやふりかえり、1on1などで確認する機会を作ります。
見たいのはAIの利用履歴ではなく、本人が何を問題として認識していたかです。
正しい問いを立てられているのか。
間違った前提に気付けているのか。
そもそも疑問に持つべきことを見落としていないか。
質問が人間に届かなくなった以上、こうした問いを意識的に会話へ戻すことで、これまで質問から自然に得られていた理解度の情報を取り戻していく必要があります。
意図的に「考える機会」を作る
AIによって「詰まり」が減ること自体は、開発効率という意味では良いことです。
しかし、これまでジュニアエンジニアは、詰まることで考え、質問し、先輩から問い返されるという経験を重ねてきました。
AIによってその機会が減るのであれば、今度は育成側が意図的に「考える機会」を作らなければなりません。
たとえば、
- 仕様の解釈が必要な場面では、まず本人の解釈を聞く
- 設計では、複数案とそれぞれのメリット・デメリットを考えてもらう
- AIが出した案を採用した理由、採用しなかった理由を説明してもらう
- 「この前提が変わったらどうする?」と条件を変えて考えてもらう
- AIに聞く前に、自分なりの仮説を一度持ってもらう
といった形です。
こうした考え方に近い研究もあります。
コンピューティング教育研究を扱うACMの国際会議ICER 2026で発表された研究では、学習者にAIが生成した複数のコード候補を比較させることで、「どれが正しいか」だけでなく「なぜ別の案が良くないのか」を考えさせています。複数案を提示された参加者の多くが、立ち止まってより批判的に考えるきっかけになったと振り返っています。
AIを使わせないという話ではありません。
むしろAIは積極的に使いながら、思考そのものまでAIに肩代わりさせないための仕掛けを作るということです。
最後に
一方で、こうした育成方法への転換は、育成側の負荷を上げてしまいます。前述のジョブサポートの調査でも、多くのOJT担当者が指導負担の増加を感じています。
だからこそ、すべてを人間が確認するのではなく、判断過程を外化し、人が介入するポイントを絞る必要があります。
たとえばPRや設計メモに判断理由を残し、仕様解釈や設計判断など育成効果の高い場面だけ人が深く関わる、といった工夫が必要になります。
質問しないこと、一人で完了できることを、そのまま自走と評価せず、代わりに問い・判断・説明を見る。
AIによって「開発の進め方」が変わったように、育成する際の「見るべきもの」も変えていく必要があります。
シンクロ・フードでも、AI時代に合った「自走」の見方と育成方法を、現場で試しながら更新していきます。
参考資料
- https://job-support.ne.jp/blog/reading-skill/01
- https://www.bairesdev.com/blog/dev-barometer-q2-2026-ai-career-reset/
- https://dl.acm.org/doi/10.1145/3719160.3736625
- https://icer2026.acm.org/details/icer-2026-papers/16/Scaffolding-Autocomplete-Improving-Guidance-for-Learners-using-Generative-Code-Suggestions
- https://www.science.org/doi/10.1126/science.adz9311
- https://arxiv.org/abs/2405.17739
- https://arxiv.org/abs/2605.23135










